東溪日記

聖読庸行

【東渓文庫】室生犀星「亡霊は生きてゐる」

室生犀星「亡霊は生きてゐる」

 

 芥川龍之介の自殺の真相なんかはせんさくしなくともいい、小穴(注:小穴隆一)の解るのは小穴の考へた芥川であつて、芥川の頭のなかでごちやごちやして芥川自身だつてよく解らないものが、小穴にわからう筈がない、小穴のわかつたのは「わたりがわ」や「山吹や笠にさしたる枝のなり」であつて、詩のわかる芥川がわかつたのである。誰でもその真相のぎりぎりはわからない、わからなくともいいのだ。「文芸春秋」に下嶋勲先生が書かれてゐるやうに、芥川のああいふ特異な鬼才をささへるに肉体が少し足りなかつた、といふ医学的な見方が相当に重要な言葉であつたらう、芥川を解らうとして懸命になつた小穴はよくわかるが、小穴と雖もつきつめて云へば真相などはわかつてゐないのだ、僕にしても何もわかつてゐないのだ、小穴の文章は真相を説明するよりも奈何に小穴が愛されてゐたか、愛されてゐることは奈何に苦痛なものであるか、一生かかつてみても掴めない涙のにじむやうな友情を、小穴はもう一人で持ちきれなくなり、話さずにゐられなくてあれを書いたのであらう、さう見ることが正しい見方であるのだ。もつと大胆不敵にいへば小穴隆一といふ存在はどこからどこまで、芥川の死後まで芥川につきまとはれてゐることで、小穴は小穴の役割を演じただけである。

 亡霊は小穴のなかに未だ生きてゐる。小説家でなかつたから小説は書かなかつたけれど、小説に書きあらはしたらもつと飛ば散りを恐れる人がゐたであらう、小穴が画かきだつたから、それに亡霊がまだ彼のなかにゐるのやらゐないのやら、よく解らない彼であつただけに寧ろ思ひ上つてあれだけぬけぬけと書けたのであつた。

 あれらの文章が中央公論社の委嘱のもとで書かれたものでなく、持込みであつたと伝へる者がゐるがそんな事はどちらに廻つても同じである。持込んで書いたとすれば小穴が自分自身をさつぱりしたい気持が愈々わかるのだ。寧ろあれが発表されてからの小穴は別の意味での、文章といふものが発表されると奈何に社会性を帯びるかに驚いたであらうし、職業文人が感じる悲しみを自分と社会との間に更めて感じたであろう、も一歩進んで云へば奈何に芥川といふ文人が彼に過ぎた反響を持つ「永々と生きてゐる作家である」ことをいまさらに感じたであらう。同時に書いたときにはさつぱりしたものが、活字になつたのを見て何やら怏々として楽しまぬものがありはしないか、書きは書いたものの何か神経にさわる(ママ)気の弱いものを感じはしないであらうか。

 僕はかういふ気持でゐる小穴を考へることができ、その気持をふみにじることの出来る彼ではあるが、同時にそれにひどく欝ぎ込んでゐる彼を思ふと、僕のわるく書かれたことくらゐ帳消しにしてやつてもよい。そこに小穴が執筆者として当然に打つた斬らざるをえないものを斬つた所以があり、彼の胴震ひもあつたやうに思ふ。世評はすぐ消えてしまふものであるが小穴の思ひ込んだ一文は、芥川研究者の文献的な何物かになつて残るとも云へるし、僕らの知らなかつたことを知つたそもそものものも、僕と同様に初めて知つた人もあるであらう。こんな意味で「二つの絵」が発表されないよりも、ああいふふうに表はれたこともいいことだと思へるのだ。

 小穴隆一の文章によつて芥川といふ人は沢山な女のことを考へてゐたといふふうの想像は、そういふことを考へることの好きな人によつて為される。下嶋勲氏もこれは芥川に取つて迷惑なこととなされてゐる。併しあの文章にいろいろな女がでてくるが、どれも行きづりの人くらゐしか恋愛的に値しない人々であつたから、あれをみんな関係的に考へられることは墓下の芥川の迷惑とするところであらう、しかし僕をして云はしめれば何十人の女の人を考へてゐてもまた反対に何十人の男と交際してゐてお互に好きになりまた厭になるくらゐのことは何でもないことだ。人間は頭のなかは何を考へてゐても外側にわからないからそれはどうにでも云へるものである。小穴はあそこをもつとハツキリと一般的にそれがさうであるものとないものとを区別すべきであつたらう、文章にも徳をもたなければならないといふのはそこだ。世間で小穴の評判があの文章によつて悪くされたのは此の点にあつたのだ。

 僕は芥川が亡くなつたときにその原因がわかりかねてゐた為め、そのために僕は芥川のよき友ではないのだな、そこまで知らなかつた為めに何やら済まぬものと、人知れず赧い顔をしなければならぬ気持を感じてゐた。人が僕にそれを尋ねるときにも、僕は知らんよとさう答へるより外に答へようがなかつた。芥川といふ人のなかのあれを捜りこれを尋ねてみて、食ツつきやすい原因を選り出してそれで何とか解決をせねばわからなかつた。何といふ短い時間であるとはいへ、詰らない友情にあせつてゐたものであらう、わかりきつてゐることを分らぬやうにして人間は考へねばならぬのだ、——どこまで行つても他人のしてゐることが分らないのに、それを分らうとする野暮くさい考へを何故捨てられないのか。僕はたとへ友人であつても気持よく覚悟をして世を去つたものを後から下らぬ想像をすることを、愚なことだと考へてゐる。故友のあとを濁すことは殊更によくないことだ。かういふ考へから小穴の文章を仮令小穴の気持がわかつてゐても、遂に彼一人にとつて興味のある問題ではあつたが、彼の信じる先輩のあとを濁したことはよくないやうな気がした。静かにねむつてゐる世評を掻き起したのも彼であり、この点で書いてすつきりしたことと、故友を騒々しい渦中に再び投げ入れたこととは別問題であつて、後者の罪は彼の負ふべきことであらう。

 僕は小穴をやつつけるためにこの一文を書いたのではない、或る意味で小穴を弁護する位置に立つてゐるくらゐである。只、彼の文章によつて個人芥川を追慕するの歇(や)むなきに至つたことを記せばよいのだ。小穴があの文章を書かなければ僕はあやふく故友龍之介をしばらく忘れてゐるところであつた、僕と同様である渠(かれ)の友だちらも、小穴の文章によつて様々なことを思ひ出した人が多かつたであらう。かういふふうに考へると痩身長躯の亡霊がまだ小穴隆一のうしろから、杖をついて歩いてゐることを考へざるをえない、芥川と小穴とが僕にごつちやに交つてみえるからである。

【東渓文庫】カント「プロレゴメナ」(14/16)

カント著、桑木厳翼・天野貞祐訳「哲学序説」

 

先験的主要問題

第三編 如何にして形而上学一般は可能なるか(下)

五十

二 宇宙論的理念

 純粋理性がその超験的適用に於て作り出した宇宙論的理念という此産物は純粋理性の最も著しい現象である。それは又就中哲学を独断的微睡から喚び覚まして理性そのものの批判という困難なる事業に向わしむるに最も有力なものである。

 余が此理念を宇宙論的という訳けは、その対象が常に感性界から導き出され、又それの対象が感性に於て与えられるものの外は全く用いられぬからである。それ故、此点丈けでは内在的であって超験的ではなく、従って又理念ではない。けれども心意を単純な実体として考えれば、それは已に感性に於て決して表象されない対象(単純性)を考えることとなる。然し宇宙論的理念は制約せられるものと制約するものとの結合(此結合は数学的か力学的かである)を経験の決して及び能わざる点まで拡張する。即ち此点に関しては常に理念であって、其の対象は如何なる経験に於ても決して十全に与えられることは出来ぬ。

五十一

 ここで始めて、範疇の体系の効用が極めて明白に紛うべくもなく現れる。この他に多くの証明方法は存しないが、唯だこれ一つで純粋理性の体系に於ける範疇の欠くべからざることが十分明かにせられるであろう。此種の超験的理念は範疇の種類と同じく四種ある。然しどの種の理念も与えられたる所制約物の制約の系列の絶対的完成にのみ関係するものである。純粋理性の弁証的主張もこ宇宙論的理念に従って四種丈けある。而して此等の主張は、弁証的なるが故にその各々に夫々矛盾せる主張が同様に真実らしい理性の原則に従って対立するということによってその本質を示して居る。却ってそれは哲学者をしても純粋理性そのものの源に遡ることを余儀なくするものである。で、この決して勝手に考え出されたものなどではなくして、人間理性の性質に基礎を有し、従って避けることも出来ず、又決して止むこともないところの二律背反は、四対の相互に矛盾する命題を有って居る。

 一、定立  世界は時間に於て始めあり、空間に於て限りあり。

   反定立 世界は時間空間に於て無限なり。

 二、定立  世界に於ける一切は単純なる部分より成る。

   反定立 世界にあるものとして単純なるはなく、すべて複合物なり。

 三、定立  世界は自由による〔自由によって作用する即ち自由なる〕原因あり。

   反定立 自由なるものなし、一切自然なり。

 四、定立  世界原因の系列に於ては必然的存在あり。

   反定立 此系列に於ける何ものも必然的ならず一切偶有的なり。

五十二(イ)

 さて、ここに人間理性の異常なる現象がある。さる現象はこの他に於ては理性の如何なる適用に於ても其例を見ぬものである。普通の人の考える如く感性界の現象を物自体そのものとなし、(又これも普通考えられる様に、否な我々のっ反なしにはそう考えることは避け難いように)現象結合の法則を以て啻に経験に妥当なるのみならず、一般に物自体そのものに妥当なりとすれば――そうすれば予期しなかった撞著が起って来て、而も其撞著は決して普通の独断的方法を以て除去することの出来ぬものである。というわけは定立も反定立も同じ様に明白に不可拒的に証明せられ得るからである。——此証明のすべて正しいことは余が之を保証する。——その結果、理性は自己を自己自身と分離し反対するものとして認めざるを得ざる有様となる。懐疑論者は此状態に就いて喜悦するが、批評的哲学者はそれによって熟慮と不安とに導かれるに相違ない。

五十二(ロ)

 形而上学に於ては、人々は誤謬に陥ることには更に懸念せずに種々の方法を以て盲進するのである。というのは、我々が自家矛盾さえ犯さなければ(それは全く根拠のない綜合命題に於ても出来ることである)、凡て我々の結合する概念が(その全内容からみて)経験に於て与えられ得ぬところの理念である場合には、我々は決して経験によって否定さるることはないからである。世界は永劫以来存在せしや、或は起始を有せしや。物質は無限に分ち得べきや、或は単純なる部分より成立するや——我々は如何にしてか、斯る問題を経験によって決することが出来よう。斯る概念は如何に大きな経験にも与えられることは出来ぬ。従って主張する命題と否定する命題との何ずれが誤謬なるかは経験という此試金石によって見出され得ることではない。

 理性が彼れの隠密の弁証法(それは誤って教義学といわれて居る)を厭々ながら明かにした唯一の可能な場合は、彼れが一般に承認さるる原則を以て或る主張を立証し、又同様に承認さるる外の原理を以て、正当な推論法は現にここに四個の自然的な理性観念に関して存在して居る。この四個の理性観念からは、四種の主張と夫々その各々と正反対な他の四種の主張とが何ずれも一般に認めらるる原則によって斉合的に導き出され、それに依って、さもなくば永久隠伏したに相違ない理性の弁証法が此原則の適用に於て明かにせられるのである。

 即ち、ここに決定的攻究がある。それは理性の前提に於て潜在する誤謬を必然的に説明すべきものである。二つの互に矛盾して居る命題が二つながら虚妄であるということは出来ない。もっとも二つの命題の基礎となって居る概念がそれ自身矛盾して居ればそれは別であるが。例之、「四角なる円はまるいという」命題と「四角なる円はまるくない」という命題とは、いずれも虚妄である。何となれば、第一の命題に就て考うるに、茲に謂う所の円がまるい、ということは、茲では円が四角であるというのであるから誤りである。又円はまるくない即ち四角である。というのも円は円であるから誤りである。一つの概念の不可能なることを示す論理的表徴は、その概念を前提とする二つの矛盾した命題が同時に誤謬であること従って(二つの命題の間に第三者を考えることは不可能なる故)かの概念によっては全く何物も考えられぬということに於て存立して居る。

五十二(ハ)

 最初の二種の二律背反は同種のものを加え合せ或は分割することに関するものであるから、余は之を数学的二律背反という。それで、この二律背反には上に説明した様な自己矛盾を含む概念が基礎となって居る。而してそのことから、この二種の二律背反に於て定立も反定立も共に虚妄であるということの起る理由が説明され得るのである。

 余が空間時間中の対象に関して述べる場合には、其は物自体そのものに関していうのではない。余は物自体そのものに関しては全く何等の知識も有たない。余の知るところは、現象に於ける物、換言すれば人間独特な、客観の認識方法としての経験に関してのみである。で、余は空間或は時間に於て考えるところのものに就いて、それは余の此思考を離れても、それ自体にて空間時間中に在る、と言ってはならぬ。そういえば余は自家矛盾を犯すこととなる、何となれば、空間時間及びその中の現象は、決して余の表象の外に独立の存在を保つものではなくして、単なる表象方法であるのに、単なる表象方法が我々の表象の外にも存在する、というのは明かに矛盾であるからである。それ故に感官の対象は経験に於てのみ存在する。然るに感官の対象は経験によらずとも或は経験に先き立つとも、自己の存在を有す、と考えるのは、経験が、経験によらずとも或は経験に先立つとも存在し得ると考えるのと一般である。

 で、若し余が世界の、空間時間上の大さを問うならば、世界の大さは有限であるというも、無限であるというも、共に余の凡ての概念に対して一様に不可能である。元来その何ずれも経験に含まれることは出来ぬ。というものは無限の空間乃至時間に経過せる時間、又は世界が空虚な空間若しくは世界よりも先き立つ空虚な時間によって受ける制限という様なことの経験は不可能であるからである。そういうものは理念にすぎぬのである。それ故、斯る何ずれかの方法によって限定された世界の大さは一切の経験から独立に世界そのものに於て存しなければならぬ。然しそれは現象の総括にすぎざるところの感性界の概念と矛盾する。而して現象は事物自体ではなく、表象方法に他ならぬものなる以上、現象の存在及結合は唯だ表象即ち経験に於てのみ起り得るのである。斯様な訳けで、独立に存在して居る感性界の概念は矛盾を蔵して居るが故に、世界の大さに関する問題の解決は、そが肯定的に試みられるにせよ、否定的に試みられるにせよ、常に虚妄であることとなる。

 丁度同じ事が、現象の分割に関する第二の二律背反に就いていえる。何となれば、現象は単なる表象であって、そして部分は部分の表象に於てのみ、従って分割(即ち分割の与えられる可能的経験)に於てのみ存在し、しかも分割の達する範囲は可能的経験の及ぶ範囲に限られて居るからである。一つの現象(例之、物体現象)が凡ての部分(それは常に可能的経験のみの達し得るものである)を一切経験に先き立って独立に所有して居る、とするのは――ただ経験に於てのみ存在し得るところの単なる現象に与うるに、経験に先立てる独立の存在を以てし、或は単なる表象を以て、そが表象能力に於て見出される前に現存すると言うのと、同じ事になる。それは明かに矛盾である。それ故に誤解された問題の解決は、物体が其自体無限に多くの部分から成立するというにせよ、単純な部分の有限なる数から成立するというにせよ、畢竟するにすべて自家矛盾である。

五十三

 二律背反の第一類(数学的)に於ける前提の誤謬は、自家矛盾をするもの(即ち事物自体そのものとしての現象)を一つの概念に於て表象し得るとなす点に存した。然るに二律背反の第二類、即ち力学的部類に於ける前提の誤謬は、結合され得るものを矛盾するとなす点にある。其結果として第一の場合には二つの互に反対した主張が何ずれも虚妄であったが茲では又全く誤解から対立させられた二つの主張が何ずれも真であるということとなる。

 結合されたもの(量の概念に於て)が同種なることは数学的結合の必然的前提であるが、それは力学的結合の決して要求するところではない。延長されたものの量に就いて考えて見ると、すべての部分は相互並に全体と同種でなければならぬ。之に反して、因果の連結に於ては原因と結果とは同種なることもあるが、それは必ずしも必要ではない、何となれば、因果関係の概念(此概念によって、或物が己れとは全く異った或る他の物から定立せられる)は少くともそれを要求しないからである。

 感性界の対象が物自体そのものと考えられ、そして上に述べられた自然法則が物自体そのものの法則と見做される時は、矛盾を避けることは出来ぬ。同じ様に自由の主体が他の対象と同じく単なる現象と考えられる時にも、矛盾は避け難いことである。何となれば、同一の賓辞が同一の客観に就いて同時に肯定もされ否定もされることとなるから。然し、自然的必然性は現象にのみ関係し、自由は物自体そのものにのみ関係するとすれば、二種の因果律を仮定し若しくは是認するとしても、矛盾は起らない。もっとも自由の因果律を理会せしむることは極めて困難な、若しくは不可能なことであるかも知れぬが。

 現象中のすべての結果は、事変即ち時間中に起るところの事柄である。この結果に先き立って、その原因が普遍的自然法則に従って因果作用をなす様に(さる状態に)限定されねばならぬ。すべての結果は常住なる法則に従ってそれに継起する。然し斯く原因を因果作用に限定することも亦起るところの事に相違ない。原因も活らき始めたことがなければならぬ。然らざれば原因と結果との間に時間的継続は考えられぬこととなり結果は原因の作用と同じく常に存在したこととなるであろう。其故に又、原因を活らかしむる様になす限定が現象の中に於て成立しなければならぬ、従って謂う所の原因はその結果と同様に一つの出来事であって又原因を有たねばならぬ事となる。斯の如くどこ迄進んでも原因は更に原因を要する。之に反し、自由が現象の或原因の性質であるべきならば、それは出来事としての現象に関して現象を自ら(Sponte 自発的に)始める能力であらねばならぬ。換言すれば原因作用を要しないで己れ自ら始める事が出来、従てその始めを限定する他の理由を要しない筈である。そうすると然し原因は因果作用に関して其状態の時間決定を受けるものではなく、従って決して現象ではない即ち原因は物自体そのものとして、然も結果は現象として承認されなければならぬ。我々が悟性体の現象に及ばず斯る影響を矛盾なしに考え得るとするなら、感性界に於けるすべての因果連結には自然の必然性が属し、而も(現象の基礎とはなっているが)其現象ならざる原因には自由が承認せられることとなる。斯くして自然と自由とは何等の矛盾なしに之を同一物に属せしめることが出来る、もっとも一方には現象として、他方にては物自体そのものとして、観るという異った関係に於てではああるが。

 我々には斯ういう能力が具って居る。それは行為的原因なる主観的決定理由と連結し、従って、それ自身現象に属して居る或る実在の能力なるのみならず、更に、単なる理念にすぎぬ客観的理由に関係しそれによって決定されて居る。而して此の客観的理由との連結は当為という語によって現されるものである。此能力を理性という。我々が一つの実在(人間)を全く此客観的に限定された理性の方面から見れば、そは感性体として認むること出来ぬものであって、この性質は物自体そのもののに属する。而して其性質の可能性、換言すれば、如何にして、まだ現実されるものなる当為がさる実在の活動を限定して、行為即ちその結果が感性界に於ける現象成るものの原因となり得るかは我々の決して理会出来ぬことである。然しながら、それ自身理念なるところの客観的理由が理性を決定するものとして認められる以上、理性の因果律は感性界に於ける結果に対して自由なるべき筈である。何となれば、そうすれば理性の活らきは主観的制約に依存せず、従って又時間的制約と、そうして勿論、之を限定する任を有する自然法則に依存しないこととなるから。それというものは理性の理由が時間又は場所の事情に影響せられないで、一般的に原理によって活らきに規則を与えるからである。

 余のここに述べるものは、理会するための例としてに過ぎぬ、我々の問題に必然的に属する訳けではない。我々の問題は、現実界に於て見出し得る性質から全く独立に、概念のみによって決せられねばならぬものである。

 さて、余は矛盾を犯さないで斯う言うことが出来る――理性的実在のすべての行為は、それが現象である(何ずれかの経験に於て見出される)以上、自然的必然性に支配される。然しその同じ行為が単に、理性的主体と理性のみに従って行為する其能力に関しては自由であると。もと自然的必然性に要求せられるものは何であろうか。それは感性界のすべての出来事を恒常な法則に従て限定し得ること、即ち現象中の原因に対する関係以外のものではない、且実際、現象の基礎となっている物自体と其因果律とに就いて知られずに居るのである。然し余は言う——理性的実在が理性によって即ち自由によって感性界に於ける結果の原因なると或は此結果が理性の理由によって限定され居らざるとに拘らず、自然法則は常住であると。何となれば、前の場合には行為は格率に従て為され、現象界に於る其結果は常に恒常なる法則に適うこととなり、後の場合には、即ち行為が理性の原理に従って為されぬときにはそれは感性の経験的法則に支配され、いずれの場合に於ても結果は恒常な法則に従って連結されて居、而してこれ以上我々は自然的必然性に対して要求しもしず、又知りもしないのであるから。然し前の場合には理性は自然法則の原因であって従って自由である。後の場合には理性が感性に対して何の影響をも及ばない為めに、結果は全く感性の自然的法則に従って生ずる。けれどもその為めに理性が感性によって限定されるということは決してない(それは不可能である)。それ故、此場合にも理性は自由である。即ち自由は現象の自然法則を妨げるものではなく、同様に自然法則は、限定理由としての物自体其のものと連結するものなる実践的理性に害を及ぼすものではない。

 斯の如くして、実践的自由即ち理性をして客観的に限定する理由に関して因果律を有せしむ所以のものが、現象としてのその結果に関する自然的必然性を毫も毀損することなくして論証せられるのである。又丁度そのことが先験的自由及びそれが自然的必然性と結び付けられ得ること(同じ主観に於て、然し同じ見方からではなく)に就いて我々の言わなければならぬことの説明に有用である。で、此事が就て考えて見るに、すべて一つの実在の行為の始めは、客観的の原因がその限定理由である場合には、常に真の意味での始めである。然るに現象の系列内の同じ行為は唯だ従属的の始めであって、その前にはそれを限定する原因の状態がなければならず、其原因は又それより先きにある原因によって限定されて居るのである。即ち、我々は理性的実在乃至実在一般に就てそれを物自体とみて其因果作用を限定する限りに於て状態の系列を自ら始める能力を自然法則と矛盾しないで考えることが出来る。何となれば、行為の客観的理性理由に対する関係は時間的関係ではないから。茲で因果作用を限定するものは時間上行為に先き立つというのではない、何故というに、斯る限定理由は感性の対象即ち現象中の原因に対する関係を表わすのではなく、時間の制約を超越せる物自体としての限定であり、而も現象の系列に関しては単なる従属的起始として見做される。而して彼の見方に於ては自由として、此れに於ては(行為は現象にすぎぬ故)自然の必然性に従うものとして認められて其間に矛盾の起ることはない。

 第四の二律背反は第三に於ける理性の自家矛盾と同様に解決せられる。というのは、現象中の原因と現象の原因(これが物自体其物として考えられ得る限りで)とを区別すれば、「感性界には何処にも其存在の絶対的に必然な原因は存せぬ(因果関係の類似した法則に従て)」、「此世界は其原因としての必然的実在(然し異った種類のもので、異った法則に従って居るところの)と必然的に結び付いて居る」という二つの命題は能く並立することが出来るからである。この二つの命題が撞着するというのは、現象にのみ妥当するところのものを物自体其ものにまで及ぼし、そして一般に、両者を一つの概念中に混淆する誤解に基くことである。

五十四

 さて、理性が其原理を感性界に適用するに当って引き込まれる二律背反全般の排列と解決とは上に述べた如くである。而して縦し此矛盾の解決が読者——読者は此場合人間にとっては全く自然的な仮象と戦わねばならぬが、其仮象は最近に至って仮象なることが示されたもので、従来永く真実とされて居たものである——を未だ全く満足せしめなかったとしても前者(単なる排列)丈けで已に人間の理性に関する知識を進める上に顕著な功績であろうと思う。それと言うものは此事からどうしても一つの結果が起らずに居ないからである。即ち我々が感性界の対象を事物自体其のものと思い做して、それが事実あるところのもの即ち唯だの現象と考えぬ間は、理性の自家矛盾を脱する事は全く不可能なるが故に、それに依て読者は問題の解決に達する為めに、我々の凡ての先天的認識の演繹と余が余の演繹に与えた考査とを、更に吟味する様に余儀なくせられるであろう。又其以上のことは今余の望むところではない。若し読者がこの攻究に際して何よりも先ず深く純粋理性の性質に沈潜するならば、理性の矛盾の解決を可能ならしむる概念が読者に当然のものとなるであろう、其事がなければ余は最も注意深い読者からも全き賛同を期待する事は出来ない。

五十五

三 神学的理念

 第三の先験的理念は理性の最も重要な適用に材料を供するものである。然し適用が思弁的にのみなされると、過度(即ち超験的)なる、従って弁証的な適用に材料を与えることとなるものである。この理念は純粋理性の理想である。ここでは理性が(心理学的及宇宙論的理念に於けるが如くに)経験から出発し、理由から理由へと遡って出来得可くば系列の絶対的完全性にまで到達しようと望む様に誘惑される事はなく、反対に経験を超絶して、物一般の絶対的完全性を構成するものの概念から出発し、至高完全なる原体の理念によって、他の一切物の可能性と従って又現実性との限定にまで降ろうとする。それ故一つの実在(それは経験の系列に於ては与えられないが、経験の連結と秩序と統一とを理会するために経験に関して与えられるもの)の単なる予想即ち理念と、悟性概念とを区別する事は前の場合よりも茲での方が容易である。其故に我々が思惟の主観的制約を事物其ものの客観的制約とし、又、我々の理性を満足さすための必然的仮定を教条と考えることから生ずる弁証的仮象が茲では容易に見出されるのである。先験的神学の僭称に就ては純粋理性批判の所説が極めて分りよく、明瞭的確であるから、余はそれに何の加うべき必要をも認めない。

五十六

先験的理念に対する一般的注意

 経験によって我々に与えられる対象は種々の関係で我々に不可解である。又我々が自然法則に導れて達する多くの問題は、或る度に至るまで(しかも此法則に従って)、追求せられると全く解らないものになってしまう。「何故に物質は互に引き合うか」、という様な問題はその一例である。然し我々が自然を全く離れてしまえば、即ち自然の連結を先きへ先きへと進んで一切の可能的経験を超絶し、従って単なる理性の中に没入してしまえば我々はもはや、対象が我々にとって不可解であるとも、物の自然が我々に解けざる問題を提出するともいうことは出来ない。已に経験を超ゆる以上我々の取扱うのは自然或は一般に、与えられた対象ではなく、全く理性の中に於て作られた概念と単なる思惟の産物とである。而して思惟の産物に関するすべての問題はこの概念から生ずるところのもので解決される事が出来なければならぬ、何となれば、理性が彼れ自らの活らきに就いて勿論完全なる報告を与える事が出来又与えなければならぬからである。心理学的、宇宙論的及び神学的理念は全く純粋理性概念であって如何なる経験に於ても与えられる事は出来ぬ。それ故、理性概念に関して理性が我々に提出する問題は対象によってではなく、理性の単なる格率によって理性自身の満足のために提出されたもので、何ずれも十分に解答される事が出来なければならぬ。而してその為めには、理念が我々の悟性使用に完全なる調和と完成と綜合的統一とを与える原則であること、又その意味にて、唯だ経験に然も全体おしての経験に妥当する事が明かにさるればよい訳けである。経験の絶対的全体性は不可能であるが原理一般に従える認識全体の理念は、それにのみ特殊なる統一即ち体系の統一の与えられ得るものである。此統一がなければ我々の認識は補綴物(ほてつぶつ)に他ならぬものとなり、最高目的(其は常にすべての目的の体系である)に用いられる事は出来ぬ。余は茲で理性の実践的目的のみではなく思弁的使用の最高目的をも意味して居るのである。

 斯くして先験的理念は理性本来の職能、詳しくいえば理性使用の体系的統一の原理としての職能を示すものである。然しながら我々が認識方法の此統一を以て認識の対象に属するものと考え、又、元来唯だ統制的なるものを構成的であると考え、此理念によって一切の可能的経験を超絶し、即ち超験的方法を以て、知識を拡張し得る様に信ずるならば——理念は経験をそれ自らに於て出来る丈け完全に近づかしめ、換言すれば経験の進行を経験に属しない何物によっても制限させないための用のみをするものである故——それは我々の理性と其原理との本来の職能に対する判定の誤解であって、一方には理性の経験的使用を混乱し、他方には理性の自家矛盾を惹起する弁証法である。

daisansya.hatenablog.com

【東渓文庫】ポー「黒猫」乱歩訳

エドガー・アラン・ポー著、江戸川乱歩訳「黒猫譚」

 

 私がこれから書き綴らうとするのは、世にも不気味な、而も極めてありきたりな物語であるが、私は読者にそれを信じて貰ふこと、を予期しもしなければ歎願しもしない。かう言ふ私自身の五感すらが吾れと吾が経験を信じようとはしないのだから、他人にこれを強ふるのは狂気の沙汰であるかも知れない。然し私は狂人でもなければ、夢みてゐるのでもない。唯、明日死ぬべき身の私は今日こそ懺悔をして魂の重荷を軽くしたいと思ふのである。私の直接の願ひは、単なる家庭の出来事を発端から終結まで率直に手短に注釈なしに世の中に曝け出したいと言ふに過ぎない。その出来事は私をして恐怖せしめ、懊悩せしめ、遂に破滅せしめるに到つた。然し私はその出来事を説明しようとは思はない。何故ならばそれは私にとつてただ一途に恐怖そのものである。後になつて頭の良い人たちが私の幻想を日常茶飯事と見做すかも知れない。もつと落着いてゐて論理的にさうしてたやすく物に激しない人たちが出て、私が怖しさに駆られてかきつづる物語をただありきたりの原因結果の月並な連鎖に過ぎないと言ふかも知れない。

 私は小さい時から素直で憐み深い性質をもつてゐた。私の心根のやさしさは却つてそれが仲間の嘲笑の種となる程際立つてゐた。とりわけ動物が好きで両親に甘へては種々様々の生物を飼ふことを許された。私はこれらの生物と終日遊びくらした。私は彼等に餌をやつたり撫つてやつたりする時ほど幸福なことはなかつた。この性質は年齢と共に激しくなつて行つた。成人してからはこれが、唯一の娯楽のやうであつた。忠実で怜悧(りかう)な犬を愛育したことのある人達に向つて私は、さうして得られた楽しみの性質や強度がどんなものか今さら説明する必要もあるまい。単なる「人間」の絲遊のやうな真実や御座なりの友情を、ふんだんに味つた人たちは、けだものの忘我的な献身的な愛情の中になにかしんと胸に徹(こた)へるものを感ずる筈である。

 私は早婚であつた。さうして幸にも妻の心根は私の性向と相(あひ)和するものをもつてゐた。私が一方ならず動物を愛するのをみてとつて妻は、機会あぐ毎に最も好ましい生物を手に入れて来た。鳥類、金魚、犬、兎、小猿、それから「猫」を私達は飼つた。この猫と言ふのが非常に大きく美しく全身漆黒で怖しいまでに怜悧であつた。この猫の賢さといふ点になると日頃迷信などを信ずる気質でない私の妻も、昔から言ひ古された猫は魔法使の化身——と、言ふ伝説にしばしば言及するほどであつた。もとより妻がこんな事を真面目に信じてゐた訳ではない。私といへどここでたまたま思ひ出したから書いてみたまでの事である。

 プルトウ(陰府の神)——これが猫の名であつた——は私の心をこめての愛物(ペツト)であり親友であつた。彼に食物(しよくもつ)をやるのはいつも私で、彼も亦家中どこでも私のゆく先々に付き纏うた。私が街へ出ようとする時でもついて来ようとするのだが、これを追ひ返すのは生やさしい事ではなかつた。

 かうした状態で私たちの友情は長年続いた。この間、私の気質や性格は、飲酒の悪癖の為に(恥(はづか)しながら)すつかりこじれてしまつてゐた。私は日毎に悒鬱になり、苛立ち、他人の感情をいささかも省みなくなつた。妻に対しても乱暴な言葉を放つやうになつた。遂には妻の身体に手をかけるやうにさへなつた。こんな風で飼はれてゐる動物たちに至つてはもとより私の性質の変化をまざまざと感じさせられたのである。私は彼等をなほざりにしたのみならず進んで彼等を虐待した。兎なり、猿なり、犬なり、が偶然に或は私を慕ふ心から、私の足下にやつて来たりすると私は遠慮なしに酷くどやしつけてやるのであつたが、プルトウだけは流石に未だ労(いた)はる心が消えてゐなかつたものと見えてさうした虐待を受けずにすんだ。だが私の病気は日毎に深み――アルコホルの病ほど可怕(こは)いものがまたとあらうか――たうとうプルトウすら、彼も漸く年老けて、怒りぽくなつてゐた所為もあるか、私の癇癪の結果を経験するやうになつて来た。

 ある夜、街の行きつけの酒場から酷く酩酊して私は家に帰つて来た。その時私は猫が妙に私を避けたがるやうに気を廻した。私は彼をギュッと抑へつけた。と猫は私の乱暴に不意を啖(くら)つていきなり私の手に咬みついて擦傷を負はせた。すると、忽ち悪鬼(デーモン)の怒が私の総身にいきりたつて来た。さうなると私は最早自分で自分が解らなくなつてしまふのである。私の生れながらの優しい魂は私の身内から飛び去つてしまつた。そのかはり悪酒に育くまれた地獄の感情が私の体ひとつびとつの繊維を震はせた。私はいきなりチョッキの褱(ふところ)からナイフを取り出すとそれを開いて猫の喉許をつかまへたままその片方の目玉を丹念に眼窩(めあな)から、抉り抜いた! 私はこの悪鬼のやうな惨行を筆にするにあたつてみづから身をののき顔の熱し来たるのを覚える次第である。

 夜明と共に理性が甦つて来た。一夜の熟睡は前夜の酔をすつかり消してしまつた。私は前夜の犯行を想ひ、なかば怖れ、なかば悔に満ちた感情を経験した。だが其感情も高が一時的の影の薄いものであつたから、心底(しんてい)の性根には何の触れるところもなかつた。私は再び羽目を外した。酒に酔ひ痴れてその罪の記憶を忘れてしまつた。さうしてゐるうちに猫の傷も徐に癒えて行つた。眼玉の抜け落ちた眼窩はまことになんとも言へぬ怖しい相好であつた。然し今では別に苦痛はないらしかつた。彼はこれまで通り家の中を歩き廻つた。が私が近づくと案の定極度に怖れて逃げてしまふのである。あんなに私を慕つてゐた猫がかくも自分を忌み怖れてゐるのをまざまざと見せつけられると、私の遠い昔の心がいくらか残つてゐると見えて初めは随分哀しく思つた。だがかうした感情もすぐに癇癪に変つて行つた。さうして引続いて妙にひねくれた天邪鬼な精神が頭を擡げて来た。それは恰も決定的に私を打ち仆しにやつて来たやうなものであつた。かう言ふ精神状態について学問は何も説明してゐない。でも私は此意固地な感情こそ、人間の心の最も原始的な衝動の一つであり人間の性格を決定するところの分ち難き根本的な性能の一つであることを、自分の魂の存在を信ずる以上に深く信じて疑はぬものである。実際、外に何の理由もなく、ただそれをしてはいけないものだと言ふ事を知つてゐる為に、何遍となく、卑劣な或は愚かな行ひをやつてのけてしまふと言ふやうな事は何人にも経験するところではなからうか。ただ犯してはならぬ事を知つてゐる為にわざわざその「律法」を理性に逆らつて犯して見たい気持を経験しないだらうか。

 このひねくれた天邪鬼な気持ちこそ、前にも言つたとほり私を全く破滅させてしまつたのである。自らの魂を虐げてみたい気持ち、吾とわが本性に暴虐を加へて見たい、ただ悪なる故に悪をして見たいと言ふ測りがたい心のあこがれ、——それがたうとう私を駆つてこの従順なけものにこれまで加へて来た危害を更に引続いて完成させて仕舞つたのである。ある朝、酷くも私は猫の首に索の輪をひつかけて、木の枝に吊した。心に激しい悔恨の痛みを感じ、涙を流しつつも、私はそれを縊り殺してしまつた。——ただ、彼が私を愛してゐたことを知つてゐたが故に、彼は私に対して殺すべき何の理由をも与えなかつたが故に彼を縊り殺したのである。さうする事が正しく罪であり、こよなく恵み深く、畏るべき天帝の限りなき憐さへ届かぬ地球に自分の魂を拋げ出すべき、万死に相当する罪を犯すことになると知つてゐた為にわざわざ縊り殺したのである。

 この酷い行ひの果たされたその日、夜も闌けて、私は火事と言ふ魂消(たまぎ)る叫びに眠をさまされた。私の寝台の帷がめらめらと炎え最早家中一面火を被(かぶ)つてゐた。私と妻と召使とが、やつとの事で焔をくぐつて遁れ出た。が家は丸焼けになつた。私の全財産はことごとく烏有に帰した。それで私はいよいよ自暴に身を持ち崩した。

 私は自分の残虐な行為と火事とを因果律で結びつける程心弱いものではない。だが私は事件の連鎖を詳く話してゐるのである。私はその一鎖をも不完全に残しては置きたくない。その火事の次の日、私は焼跡を訪れた。ただ一個所を除いて壁はすべて焼け落ちてゐた。この個所は家の中程にある余り厚くない仕切壁であつた。私の寝台の頭の方はこの壁に向つてゐた。此処の漆喰だけが火勢にかくも頑強に抵抗したのであるが、私はこれは最近此処が塗り換へられたといふ事実に帰した。この壁の周囲には真黒に人群りがして多くの人々が非常に綿密にまた容易ならぬ熱心さをもつてその特別な部分を調べてゐるやうであつた。

「変だね。」「奇妙だ。」或はそれと同意義な言葉がしきりにとり交されてゐるので私も遂に好奇心を唆られた。私は壁際に近寄つた。ところが真白な壁の上にまるで薄肉彫(bas-relief)でもあるかのやうに浮き出てゐる巨大な猫の形を見たのである。その姿は誠に驚くばかり雋永(せんえい)に描き出されてゐた。さうして索までがその頭に附いてゐるのではないか。

 この幽霊——さうとしか思へない――を見た時の最初の私の驚きと怖れは非常なものであつた。がいろいろ考へてやつと心を鎮めた。想ひ出して見ると猫を吊したのはこの家に近接してゐる庭園であつた。火事の報らせでこの庭園はすぐ群衆で一杯になつた。この群衆の中の誰かが猫を木から引ずりおろして開け放しの窓から私の部屋の中に拋り込んだのに違ひない。これは多分眠つてゐる私を起す目的でやつたものと思はれる。そこへ他の側の壁が倒れて来てこの猫の死骸を、塗りたての漆喰にめり込せてしまつたのであらう。その壁の石灰(いしばい)が焔と死骸のアンモニヤとに作用されて今見るが如き画像を完成するに到つたものであらう。

 かくて私は此処に詳述したやうな驚くべき事実に就いて、私の良心は、ともかくも、理性だけは納得させる説明を楽々と作り上げはしたが脳裏に写しこまれた印象は依然として消ゆるべくもなかつた。数ケ月の間、私は猫の幻から逃れることができなかつた。その間悔恨に似た――けれどさうではなかつた――一種の感情が胸の中に湧くやうになつた。かくて猫を失つたことを心さびしく感ずるやうにもなつた。今では病み付きとなつてしまつた。魔窟の中にゐても前の猫に代るべき、似たやうな恰好の猫を探すやうな心にさへなつた。

 ある夜穢れた魔窟の中で酔ひ痴れてゐた時、ジン酒か、ラム酒かの、とにかくその部屋の主要な家具をなしてゐるところの巨大な酒樽の上に載つかつてゐる何やら黒いものが突然私の酔眼に映じた。私はしばらくこの酒樽のてつぺんを瞶(みつ)めてゐた筈である。然し、不思議でならなかつたことは、その時までどうしてこの黒いものに、気が付かなかつたかと言ふ事であつた。私は近付いていつた。手で触つて見た。それは一匹の黒猫であつた。非常に大きい奴で、丁度プルトウと同じ位であつた。見れば見る程プルトウによく似てゐた。只一個所違つてゐた。プルトウの斑(ぶち)は何処の部分にも白い毛は一本もなかつた。然し今度の猫ははつきりとはしないけれど白いぶちが殆ど胸許全体を覆うてゐた。

 私が触ると、猫はいきなり起き上つてゴロゴロと喉を鳴らしながら体を私の手に擦り付けて来た。私に見付けられたのをひどく悦ぶかのやうに見えた。これこそ私の註文通りの猫であつた。私は直ぐに酒場の主人からそれを買ひ取らうとした。けれど主人はその猫は自分のものではないし、また見知り越しのものでもないし今見るのが初めてだと言ふのであつた。

 私はなほも猫を静かに撫でてやつた。私が帰へらうとすると従いて来たさうな気振を示した。私は猫のするままに任せた。私は時折跼(かが)んでは彼を撫でてやつた。家に着くと、猫はそのまま居付いてしまつて、すぐと私の妻の並々ならぬお気に入りとなつてしまつた。

 ところが私の方はすぐにこの猫に、嫌気がさして来た。これは私の期待したものとはまるで正反対であつたが、それがどう言ふ訳か皆目判らなかつた。只猫が私に対して愛慕の情を見せれば見せるほど胸がむかつくやうに嫌ひになつてくるのであつた。この嫌ひな煩はしい感情は次第に昂じて苦々しい憎悪に変つて行つた。私はこの猫を避けるやうになつた。羞ぢ怖れる感情と過ぎにし無残な振舞の思出があるのでこの猫を肉体的に苛めつけることは敢へてし得なかつた。私は何週間も彼を殴ぐつたり踏み蹂つたりするやうな事はなかつた。然し徐ろに実に徐ろではあるが名状しがたき嫌悪の情が募つて来てこの嫌らしい猫の姿を見ると、私は呪はしい疫(えやみ)の息吹から逭れでもするやうにしのび足で逃げ廻るのであつた。更にこの猫を怖れ憎む心を一層煽るに到つたのは、私が猫を連れ帰つた翌日、気が付いて見ると、矢張りプルトウと同じくこの猫も片目が抉りとられてゐると言ふ事を発見したからであつた。だがこの事は却つて私の妻をして益々猫を愛撫せしめる機縁となつた。私の妻は前にも言つたやうに以前私の性格の特徴であり、且つ素朴で清純な幾多の楽しみの源であつたところのあの憐み深い心を多分に持つてゐた。

 ところが猫に対する私の嫌悪が次第に激しくなつて行くのに反して猫の方では愈々私に慕ひ寄るのであつた。私の足許に絡みつくその執拗さ加減は到底読者に了解するところではない。私が腰かけてゐると、必ず猫は椅子の下に跼み込むか、或は私の膝に飛び上つて、ところ嫌はずその呪はしい体を摩りつけるのである。私が立ち上つて行かうとすると両足の間に纏ひ付くので私は思はずよろめくのであつた。また、その長い鋭い爪を私の着物に引鈎けて胸の辺まで攀つてくるのである。

 こんな時、私は一撃のもとに打倒したらと思ふのだけれど、それが如何しても断行出来ないのである。一つは以前犯した罪の記憶があるからでもあるが主な理由は(思ひ切つて白状してしまふが)この猫がただもう無性にこはかつたからである。

 この恐怖はあながち身体的危害に対する恐れでもなかつた。と言つてそれを別にはつきり定義する事も出来なかつた。かかる事を告白するのはこの死刑囚の監房の中に居る身ですら恥しい限りである。がこの猫に対する恐怖は全く何の言はれもないただの妄想に依つて深められて行つたのである。妻も一再ならずこの猫の白い斑点に就いて私に話し掛けた。実際見たところではこれのみが私の前に殺した猫と異つてゐる唯一の目印であつた。読者はこの斑点が大きくはあるけれど、もとは非常に不明瞭なものであると私の言つたのを記憶されてゐるであらう。然し、殆んど目にわからぬ程度で、且つ私の理性は長い間それを空想として極力否定して来たのであるがその斑点が日増しに明瞭な輪郭を現して来るのであつた。その形は名を呼ぶさへ恐しい物の姿であつた。その為に私は一層この怪獣を憎み怖れて若し勇気さへあるならば一思ひに其奴を除いてしまひたいと願つたのである。

 それは世にも不気味な異形の相――絞首の首形であつた。それは恐怖と罪悪、苦痛と死の悲しくも怖しい機械の形であつた。

 かうして私は今や全く惨(みじめ)であつた。それは只物の哀れを覚える人間としてのみじめさだけではなかつた。このけだもの――其奴の仲間を私は手もなく殺してやつたではないか――そのけだものが、至上の神の御姿に擬(なぞ)らへて作られた人間の私にかくも堪へがたい苦痛を与へるのに到つたのだ――ああ、私はかくて昼も夜も安らかな休息のめぐみを受けずに過ぎねばならなくなつた。昼は昼で、この猫は一瞬も私の側を離れなかつた。夜は夜で私は口に言はれぬ怖しい夢を見た。ギョッとして目をさますと顔の上には生温かい其奴の息吹がかかつてくるのであつた。どう踠(あが)いても振り落し切れない夢魔(ナイトメア)の化身が胸板の上に無限の重さでのしかかつてゐるのであつた。

 このやうな日夜を分かたぬ責苦の下に、微かながら残つてゐた私の善良な分子さへすつかり痺れてしまつたのである。邪(よこしま)な考——真暗な最も邪悪な考のみが跳梁するやうになつた。平常から気むづかしい私の疳癖が、いよいよあらゆる物、あらゆる人間へのにくしみと昂じて行つた。とりわけかうして突発的にただもう行きあたりばつたりに、何の抑制もなしに爆発する私の疳癖の最も頻繁な被害者は不平一つ言はぬ可哀想な私の妻であつた。彼女はいつもぢつと辛抱に辛抱を重ねてゐた。

 ある日、彼女は何か家事向の用で、私達が貧乏から余儀なく住むやうになつた古い建物の穴蔵まで私の後をついて降りて来た。猫も私の後からその急な階段を降りて来たが危く私を真逆様に突き落すところだつた。私は嚇(かつ)として狂気のやうになつた。私は斧を翳して今の日まで私の手を止めてゐたあの子供ぢみた恐怖を腹立ちのあまり打忘れていきなり猫をめがけて打落した。実際それがそのまま行けば間違ひなく唐竹割になるところであつたが、この一撃は妻の手に依つて受け止められた。私はこの思はぬ邪魔だてに一層激昂して、悪鬼のやうに猛りたつと、抑へた妻の手から斧をぐいと引外していきなりそいつを妻の頭にめりこませた。妻は呻声一つ立て得ずそのまま息絶えてしまつた。

 この忌はしい殺人に引続いて私は更に綿密な注意を以つて死体隠匿に取掛つた。昼でも寄るでもとにかく死骸を人目にかからず戸外に運び出す事は到底出来さうもなかつた。様々な計画が胸に浮んで来た。ある時は死体を細々に切り刻んで燃して仕舞はうかとも思つた。或は穴蔵の床を掘り下げて其処に埋めてやらうかとも考へた。又ある時は、庭園の井戸の中に、投げ込んでやらうと思つたり、いつそ商品かなんぞの体裁に箱詰にして運搬人に運び出して貰はつかと考へたりした。だが遂々(とうとう)最も打つて付けの妙案に思ひ当つた。中世の僧侶が彼等の犠牲を僧院の壁の中に塗り込んだと伝へられてゐるが丁度そんな工合に妻の死体も壁に塗り籠めてやらうと決心した。

 かう言ふ目的にはこの穴蔵はもつて来いであつた。其処の壁は元々ぞんざいに作つてあつた上に最近粗末な漆喰を全体に塗つたばかりで且つこの穴蔵の淀んだ湿気のせゐで容易に固らなかつた。更にその壁の一つには向うに突き出した個所があつてそれは見せかけの煙突或は暖炉の為に作られたものであるがそこは塞げられてあつて穴蔵の他の部分と一見違はないやうにしてあつた。この個所の煉瓦を取り除いて其処へ死体を隠匿し、また元通りに塞いで何人の目にも怪しまれないやうにするのは易々(いい)たるものであると私は信じて疑はなかつた。

 さうしてこれは全く思惑どほり成功した。私は鉄挺(かなてこ)で煉瓦を易々と取崩した。それから丹念に内側の壁に死体をたてかけて、その上に元通り煉瓦を積み上げたが一向手数はかからなかつた。私は灰泥(はひどろ)、砂、毛髪等を手に入れて極て周到な用意を以つて古い壁と区別(けぢめ)のつかぬやうな壁土を練上げた。さうしてこれを新しい煉瓦の上に綿密に塗り立てた。すつかり出来上つてしまふと私自らその仕上げの手際良さに満足した。壁は何処にも手を入れたやうな所は少しも無かつた。床の上に散らばつた塵屑は出来るだけ気を付けて一つびとつ拾ひ上げた。私は勝利を感じた。「これでやつと骨折の験(しるし)が見えて来たわい」私は独言を言つた。

 その次の仕事は、この惨(いた)ましい行為の原因であるところの例の猫を探し廻る事であつた。

 今度こそ猫を殺さうと決心したからである。若しこの時猫の姿が目に止まらうものなら其運命は知るべきであつた。然し敏感なこの獣は私の先刻の激怒に怖れをなして私の感情の和まぬ中は姿を現すまいと心をきめてゐるかのやうであつた。その嫌な猫がゐなくなつたのでホッとした私の深いしみじみとした嬉しさをなんと言つて告げたらよいであらう。夜になつても猫は出て来なかつた。初めて、この家に移つてから実に初めてこの一夜を私は安らかに、ぐつすり眠ることが出来たのである。さうだ、自らの魂の上に殺人の重荷を負うてゐながらもぐつすりと眠りを貪る事が出来たのである。

 かくて二日目も過ぎ三日目も過ぎた。が私を苛むかの猫は猶も姿を現さなかつた。私は再び元の自由な人間に立ち還つてホッと息を吐(つ)いた。怪獣は私の権幕に怖れて永久に此家から立去つたのだ! もう二度とあの猫をみる事はないのだ! 私の幸福感は絶頂に達した。私の後暗い行為はいささかも私の心を乱さなかつた。二三の訊問も為されたが容易に言ひ開きが出来た。家宅捜索も行はれた。けれど、もとより、何の手掛りも発見されなかつた。この分なら未来も安全だと私は確信した。

 殺人の四日目。全く不意に警察の一行がやつて来た。さうして再び屋敷内を非常な厳密さで捜索し始めた。然し死体隠匿の場所は到底判る筈はないと言ふ自信があつたので私は何ら動揺を感じなかつた。警官は私に捜索の先々に同行を命じた。彼等はあらゆる隅々を隈なく捜した。遂に彼等は穴蔵にも降りて行つた。それは三度か四度目であつた。私は筋一つ震はせなかつた。私の心臓の鼓動は何の罪もなく安らかに睡(まどろ)む人達のそれのやうに落着いてゐた。私はその穴蔵を端から端へと歩いてみせた。私は腕組をして平然とゆきつ戻りつした。警官達はすつかり満足した。で立去らうとした。然し私の心の悦びは抑制するべく余りに強かつた。私は、一つには勝利感を味ふ為には、二つには私の無罪を飽くまで彼等に確信させる為に只一言いはせて貰ひたかつた。

「皆さん!」私は一行が階段を昇りかけた時たうとう口を開いて仕舞つた。「私は皆さんの疑念を晴すことを得たのを心より嬉しく思ひます。私は皆様の御健康を祈ると同時に今少しく礼儀深くあらむことをも併せて望む者であります。それはさて措き、これは――これは実に頑丈(しつかり)した家でありまして――」(ただ私は無性に能弁を捲し立てたいと言ふ熱望のあまり自分で自分が何を饒舌るのやら少しも別らなかった)「全く素敵によく出来た家と申して宜しからうと存じますこの壁と来たら――おや皆さんもう行らつしやるのですか――この壁と来たら、芯から頑丈に塗上げてあるんですよ」此処で私は逆上した空元気を見せる為に手にした杖で、愛妻を埋めて煉瓦を積み重ねてある個所をトントンと可成り強く叩いた。

 天帝よ、願はくば悪魔の顎(あぎと)より我を護らせ給へ! 杖の響が未だ消えもやらざる中にこれに応じて墓の中から一つの声が聞えて来た。

 初めはどうやら、物を隔てて聞くやうな杜絶(とぎ)れ杜絶れの子供の啜り泣きとも思へたが、それが忽ちきりきりと高まつて長く引つぱつた叫び声、いやもうこの世ならぬ、人の声とも思へない――呻き、怒号となり、果ては、恐怖とも凱歌とも付さぬ慟哭に変つてゆくのであつた。かかる悲鳴は地獄に堕ちて苦しむ者と苦しめて自ら喜ぶ悪魔達の喉笛から、一緒になつて流れ出る陰府の声としか思はれなかつた。

 その時私の心は語るも愚かである。私は殆んど気を失つてよろよろと向う側の壁までよろけて行つた。警官の一行は驚愕と畏怖とで一瞬間、階段の上にそのまま釘付けになつてしまつた。だが次の瞬間数本の腕がその壁をせつせつと毀しにかかつてゐた。壁は諸共にゴットリと落ちて来た。死体はもう可成り腐乱して、血が凝(こび) りついたまま、見てゐる人の前にすつくと立つてゐた。この死体の頭の上には、真赤な口をカッと開いて、隻眼をランランと光らせたかの猫――私を到々その術中に陥れ、人殺しをさせ、今また呻き声を立てて私を絞首人の手に渡したかの猫が坐つてゐた。

 私はこの怪獣をも一緒に墓場の中に塗り込めてしまつたのだ!

【東渓文庫】カント「プロレゴメナ」(13/16)

カント著、桑木厳翼・天野貞祐訳「哲学序説」

 

先験的主要問題

第三編 如何にして形而上学一般は可能なるか(中)

四十五

純粋理性の弁証法に対する緒言

 さきに、第三十三章及第三十四章に於て述べたところによると、範疇が全然感性的限定の混合を脱却して純粋であることが会々(たまたま)理性を誘惑して、其範疇の適用を一切経験を超越して物自体そのものにまで及ぼさしむることもあり得るが、然し此等範疇に具体的意味を与えるところの直観は経験以外には求めることが出来ぬから、単に範疇のみでは如何なる物の定まった観念をも与えることは出来ず、ただ論理的機能として物一般を表象するのみである。で、我々が本体(Noumena)又は純粋悟性体(思惟体という方が一層よい)と名付けるところのもの、例之、実体であって而も時間に於ける常住性なしに考えられるもの或は原因であって而も時間中に於て作用しないもの、という類のものは斯る誇張的(hyperbolisch)客観である。人々は此等の概念に与うるに単に経験の合法性を可能ならしむる用をなすに過ぎぬところの賓辞を以てするが、然し直観の制約——直観の制約あって始めて経験は可能にせられる——を奪い去るから、概念は又全く意味のないものとなるのである。

 然しながら、悟性が他の法則によって強いられることなしに、自ら進んで彼れの限界を超え気儘に単なる思惟体の範囲に入り込むという危険は存しない。けれども、悟性の規則は何処までも制約されて居るものであるから、その如何なる経験的適用を以てしても、理性を十分に満足せしむることは出来ない。それ故理性が制約の此の如き連鎖の完成を要求すると、悟性は彼れの範囲を越えて、一方には経験の対象を如何なる経験も全く把捉し得ない程に拡張された系列に於て表象しようとなし、のみならず他方には、〔系列を完成するために〕全く系列の外に於て本体を求め経験の制約の連鎖を本体に結び付け、そうすることによって何時か一度経験の制約から独立して、言わば系列の姿勢を完全にしようとするに至るのである。さて、先験的理念とは斯るものである。それは我々の理性の性質によって定められた、隠れては居るが然し真正なる目的に従い、経験的適用の無制限なる拡張を企図するのであって、法外な概念を目的とするのではない、然し避け難い仮象によって悟性を誘惑し超験的適用をなさしめるものである。此適用は欺れたものではあるが、経験の範囲内に止ろうとする如何なる決心によっても抑制されることは出来ぬ、其れは学問的警戒と且つ苦心とによってのみ初めて抑制されうるものである。

四十六

一 心理学的理念

 総ゆる実在に於て、真の主体、詳しく言えば、すべての偶有性(賓辞としての)が抽離せられた後に残存するもの即ち実体そのものの我々に不可知なることは、遠い昔から知られて居た。人々は屡人間の洞察力かく制限せられて居ることに就いて悲歎したのであった。然しながら、我々はここに次のことをよく知らねばならぬ。人間の悟性に非難すべき点がありとすればそは彼が物の実体を認識しえぬこと即ち物の自体を限定しえぬことではなくして、単なる理念としての物を、与えられた対象なるかの如く明確に認識しようとすることにある。純粋理性は物のすべての賓辞に対してその属する主体を求めることを、我々に要求する、が此生体も亦当然他の賓辞に過ぎぬ故、更に其主体を求め、斯して無限に(若しくは我々の達し得る限り)求めることを要求する。然し此事から生ずる結果は斯うなる。我々の到達し得る何物も究極主体と考えてはならぬ、そして我々の悟性が如何ばかり深く透徹するものであっても、全自然がそれには明かにせられるとしても、実体そのものは彼れによって決して考えられることの出来るものではない、何となれば、すべてのものを弁証的に、換言すれば概念によって、即ち又単なる賓辞によって考えることが悟性の特質であるのに、而も賓辞には、常に絶対的主体が存して居ないからである。其故に、我々が物体を認識する現実的性質はいずれも偶有性にすぎぬ。不加入性の如きすら又然うである。我々は不加入性を、常に唯だ力の結果としてのみ考え得るのであるが、力の主体というのは我々には不可知である。

 さて、我々は自己意識(思惟的主体)に於て、而も直接なる直観に於て、斯る実体を有する様に思う。何となれば、内官の賓辞はいずれも主体としての「我」に関係し、そして「我」は他の如何なる主体の賓辞としても考えられる事は出来ぬからである。即ち、茲では賓辞として与えられた概念の主体——単なる理念でなく、対象即ち絶対的主体其もの――に関して経験の系列の完成が与えられて居る様に思える。然しそれは空しき望みである。何となれば「我」とは決して概念ではなくして、我々が内官の対象を如何なる賓辞によっても最早認識し得ない場合にそれを表わす符号にすぎぬからである。それ故、「我」は其自身他の物の賓辞でなくとも、決して絶対的主体の定った概念ではない、他のすべての場合に於けるが如く内的現象のその不可知なる主体に対する関係である。然しながら、此理念(これは、統制的原理として心内の現象に対するすべての唯物的説明を剿絶(そうぜつ)するに適したものである)は、〔人間としては避けることの困難な〕極めて自然的な誤解によって、我々の思惟的実在〔思惟的自我〕の本質を認識し得たと誤信し、その誤信した認識から実在の性質を(その性質の知識が全く経験の総括外に属するにも拘らず、)推論しようとするところの如何にも尤もらしい議論を惹き起すものである。

四十七

 此思惟的自我(心意)は、思惟の究竟主体として即ち其自身最早他物の賓辞としては考えられぬものとして実体といわれ得るにしても、経験に於て実体の概念を豊かにするものであるところの常住がそれから証明されなければ、此概念は全く空虚な少しも意味のないものである。

 然るに常住性は決して物自体としての実体の概念からは証明されないで経験に関してのみ証明せられるものである。此事は、経験の第一の類推(『純粋理性批判』一八二頁)に於て十分に証明したところである。而して若し此証明を認めようとしない人があるならば、其人は、実体即ち其自身他のものの賓辞としては存在しないものの概念から、実体の存在が徹頭徹尾常住的なること、又実体が其自体によっても、如何なる他の自然原因によっても、生滅し得ないことを、証明し得るや否や、自ら試みてみるがよい。斯る先天的綜合命題は決して其自身で証明されることは出来ぬ、却って、常に可能的経験の対象としての物に関してのみ証明せられるのである。

四十八

 それ故、我々が実体としての心意の概念から其常住性を推論しようとすれば、其は唯だ可能的経験に関して妥当なるのみで、物自体そのものとしての心意に就て、すべての可能的経験を越えて妥当なることはできない。さて、我々のすべての可能的経験の主観的制約は生命である——其故に生命に於ける心意の常住性だけは推論することが出来る。何となれば人の死は一切経験の終局であって、其事は反対の証明が立たない限り、経験の対象としての心意に当嵌ることである。而して反対の証明が立つや否や今我々の問題として居るところである。斯る訳けであるから心意の常住性の証明せられるのは人間の生命に於てのみである(そのことは証明するまでもあるまい)死後に於ける心意の常住性は(其は我々の切望するところであるが)証明出来ない、而も次の如き一般的理由によって――実体の概念は其が常住性の概念と必然的に結合せるものとして認めらるべき限りに於ては、ただ可能的経験の原則に従ってのみ、即ち又、可能的経験に関してのみ斯る結合をなし得るのである。

四十九

 我々の外的知覚には、我々の外に在る或る実物が対応して居るのみならず、対応して居なければならぬということは、直ちに物自体そのものの結合として証明することは出来ぬが、経験に関しては証明せられる。謂う意は――或物が経験的に換言すれば空間中の現象として我々の外に存在するということを証明するのは容易である。何となれば可能的経験に属しない対象は、如何なる経験によっても我々に与えられることは出来ず、我々に対しては無であり没交渉であるから。空間に於て直観せられるものは、経験的に余の外にあるものである。而して空間は空間中のすべての現象と共に表象に属し、経験の法則に従う表象の連結は現象の客観的に真なる事を証明する。同様に内官の現象の連結は余の心意の実なることを証明する(内感の一つの対象として)。即ち余は外的経験によって空間中に於ける外感の対象としての物体の実なるを知り、同様に内的経験によって余の心の時間中に於ける存在の実なることを知るのである。我々は心意を内官の対象として内的状態を構成する現象によってのみ認識することが出来るが、此現象の根柢に存する心意自体を認識することは出来ない。デカルトの観念論は外的経験と夢幻とを区別し、合法性を前者の真なることの表徴として、後者の無法則と仮象とから区別した。彼は両者に於て空間と時間とを対象存在の制約として前提して居る。そこで彼は問題を提出して曰う。我々は覚醒時には外官の対象を空間中に置くがそれは真に空間中に存在するか、又内官の対象即ち心意は真に時間中に存在するか、換言すれば経験は想像と区別さるべき確実なる表徴を有するかと。此疑惑を除くことは容易である。日常生活に於ても、常に空間時間に於ける現象の連結を経験の普遍的法則に従って吟味することによって此疑惑は除去されて居る。若し外物の表象が経験の普遍的法則と全然合致すれば、其が真の経験を構成する事は疑いを容れない。現象は現象として、経験に於ける其結合に従ってのみ考察せらるるが故に、質料的観念論は容易に除去せられる。物体が余の外に(空間中)に存在するということは、余自らが内官の表象に従って(時間中に)現存するというと同様確実な経験である、何となれば、我々の外にという概念は唯だ空間中の存在を意味するからである。然し「我れあり」という命題に於ける我は、内的直観(時間に於ける)の対象であるばかりでなく、意識の主体である。同じ様に、物体は外的直観(空間に於ける)であるばかりでなく、此現象の根柢に存する物自体其ものを意味する。それ故、物体は(外官の現象として)余の思考を離れて自然に於て物体として存在するか、という質問は何の躊躇するところもなくして否定することが出来る。余自身は内官の現象として(経験心理学の所謂心意)時間に於ける余の表象能力の外に存在するかという質問は前のと全く同様のもので、同様に否定されなければならぬ。斯の如くしてそが真の意味に帰著せしめらるる時は、すべてが明確に、確実になるのである。形式的観念論(余の先験的ともいうもの)は質料的観念論即ちデカルトの観念論を真に挙揚するものである。何となれば、空間を以て我々の感性形式なりとすれば、其は我々の中にある表象であって我々自らと同じく真実であるから、而して我々に重要なことは空間中の現象が経験的に真であるということ丈けなのである。然るに之れと異り、空間及び空間中の現象が我々の外に存在するものなりとすれば、我々の知覚以外の経験のすべての表徴は、我々の外にある此対象の実なることを決して証明することは出来ぬのである。

daisansya.hatenablog.com

ノーベル平和賞?

多数の大臣がトランプを平和賞に推薦したところで、何の足しにもならないように感じるのだが、そうでもないのだろうか。推薦人が多ければ、あるいは他に有力な候補がなければ、トランプに平和賞の渡る可能性があるのだろうか。ノーベル委員会にヘイトを向けるためのパフォーマンスかと思っていたが、案外彼は心から平和賞を欲っしているのか。どうも私には、誰がどこまで本気なのか見えない。

【東渓文庫】カント「プロレゴメナ」(12/16)

カント著、桑木厳翼・天野貞祐訳「哲学序説」

 

先験的主要問題

第三編 如何にして形而上学一般は可能なるか(上)

四十

 純粋数学及び純粋自然科学は彼等自身の安全と確実とのためならば、以上余が両者について成就した様な演繹をば要しなかったであろう。何となれば、前者は彼れ自らの明白なる確実性に基いて居、後者は悟性の純粋なる源から生じたものであるが、然し経験とその確実なる保証とに基いて居るからである。(純粋自然科学が経験の斯る保証を全然拒むことも欠くことも出来ぬという訳けは、かれが其の大なる確実性を以てしても、尚且つ学問として、決して数学と匹敵しえないためなのである)それ故、この二つの学問が、上述の攻究を要するのは、己れ自らのためではなくして、他の学即ち形而上学のためである。

 形而上学は、自然概念即ち常に経験に適用せられる概念のほかに、如何なる可能的経験に於ても決して与えられぬところの理性概念に関係する。従って形而上学は、其客観的実在性(それが幻想でないこと)が経験によって証明されもしず見出されもしない概念と、又其真偽が経験によって証明されもしず見出されもしない主張とに関係する。のみならず、正しく此部分が形而上学の真の目的を構成し、そして他のすべてのものは此目的に対する手段にすぎない。即ち形而上学は彼れ自らのために斯る演繹の学を要する。それ故、今我々に提出されてある第三の問題は、形而上学の核心と特質とに関するものである。即ちそれは理性が単に自分自身に対して為す考察と、理性が彼れ自身の概念に思い沈む事によって、直接にそから生ずると信ずるところの客観の知識とに関係するのである。而して此知識には経験の媒介を要せず又一般に経験によってそれに達する事も出来ない。

 此問題を解決しなければ、理性は決して自己の満足を得る事は出来ない。彼は純粋悟性を経験的適用に制限して居る、然し経験的適用では彼れ自らの職能を完全に充すことは出来ない。個個の経験はいずれも経験全範囲の一部分に過ぎぬ、すべての可能的経験の絶対的全体は其自身決して経験ではない、然も理性の必然的問題〔要求〕である。而して理性は其要求の単なる表象のために上に述べた純粋悟性概念とは全く別種なる概念を要するのである。で、純粋悟性概念の適用は内在的であって、経験が与えられ得る限り、それに関係するものであるが、理性概念は完全即ち全体の可能的経験の集合的統一に向って進み、従ってすべての与えられた経験を超ゆるものである。即ちそれは超験的となる。

 斯く悟性が経験に対して範疇を要する如く、理性は理念の源を含んで居る、謂う所の理念とは、必然的概念であって、而も如何なる経験に於ても与えられる事の出来ぬものである。前者が悟性の性質に基く如く、後者も理性の性質に基いて居る。而して範疇が惑わし易い仮象を伴って居るとすれば、この仮象は理念に於ては避け難いものである。もっとも「仮象が誘惑しない様に」用心する事は不可能ではない。

 すべての仮象は、判断の主観的理由を客観的とする事に於て存立する、それ故理性の陥る迷妄を防ぐ唯一の方法は、純粋理性が彼れの超験的(過大の)適用を自ら認識する事にある。何となれば、理性が迷妄に陥るのは自己の本分を誤解して唯だ彼れ自らの主観とすべての内在的適用に於けるその指導とに関するところのものを、超験的に客観自体へ関係せしむる場合であるからである。

四十一

 理念即ち純粋理性概念と範疇即ち純粋悟性概念とをその起源も適用も全く異った種類の認識として区別することは、此等すべての先天的認識の体系を含むべき学問を確立するためには極めて重要な事柄である。此区別がなければ、形而上学は全然不可能であるか、或は精々、取扱う材料の知識もなく、又其材料が如何なる目的に適するかをも知らずに、蜃気楼を作ろうとする無謀な拙劣な企てにすぎない。若し仮りに純粋理性批判の為したところが此区別を明かにするに止ったとしても已に其れ丈けで、我々の概念の開明形而上学の範囲に於ける研究の指導とに対して貢献したところは純粋理性の超験的要求を満足せしむるために為されたすべての無益なる努力よりも、遥かに多いのである。斯る努力は昔から既に為されたことであるが、その努力に際して我々が悟性の範囲とは全く違った範囲にあることは、更に予想されなかった。従って悟性概念と理性概念とは、恰も同一種類のものであるかの如く、直ちに、一とまとめにされてしまったのである。

四十二

 あらゆる悟性認識は其概念を経験に於て現わし得ることと、其原則を経験によって確証し得ることとの特色を有する。之れに反して、超験的理性認識に於ては、其理念は経験に於て与えられず、其命題は経験によって確証されも否定されもしない。それ故、此場合に必ず闖入する所の虚妄を発見するものは、理性自らを措いて他にないのである。然しながら、此理性そのものが、理念によって自然に弁証的となり、又この避け難い仮象が、物の客観的独断的攻究によってではなく、理念の源泉であるところの理性自らの主観的攻究によってのみ抑制され得るものなる以上、此発見は極めて困難なことである。

四十三

 認識の種類を細心に区別するに止らず、認識の如何なる種類に属する概念をも、すべて共通の源から導き出そうとするのが、純粋理性批判に於て余の常に着眼して居た点であった。余がそうした訳けは、認識の起源を知り認識の適用範囲を確実に定め得るため丈けではない、その上に、概念の枚挙、彙類、及び区別の完全なることを、先天的に、即ち原理に従って認識するという未だ決して予想されたことのない然し測り難い程な利益を得ようとしたためであった。此事がなければ、形而上学に於ける凡てのものは行吟詩(こうぎんし)に過ぎないものとなり、我々は決して自己の所有するものが其れで完全であるか、或は未だ不完全ではないか、不完全とすれば何処に欠陥があるかを知る訳けには行かない。勿論、我々が此利益を受ける事の出来るのは、ただ純粋哲学に於てのみではあるが、然し純粋哲学にてはこれが其本質を成すのである。

 範疇の起源を一切悟性判断の四つの論理的機能に於て求めた余にとっては、理念の起源を推論の三機能に於て求めるのが当然の事であった。何となれば、一度、斯る純粋理性概念(先験的理念)が与えられてある以上、それが本有と考えられない限り理性の作用以外に於て見出される筈はないからである。而してその作用は単に形式に関する限りでは推論の論理的要素を構成するが、悟性の判断を先天的形式の何ずれかに関して限定されたものとして表わす限りに於ては、純粋理性の先験的概念を構成するものである。

 推論は其形式的相違によって定言的、仮言的、選言的に分つのが当然である。従ってそれを基礎とする理性概念は次の三種の理念を含むこととなる。第一、完全なる主観の理念(実体)。第二、制約の完全なる系列の理念。第三、可能体の完全なる総点の理念に於ける概念全体の限定。第一の理念は心理学的、第二は宇宙論的、第三は神学的である。而して三者いずれも、夫夫特有の方法を以て弁証法の起る原因と成って居る。それ故に、純粋理性の弁証法全体の区分は、それに基いて、理性の論過、理性の二律背反及び理性の理想とせられた。我々は此演繹によって純粋理性の要求がここで完全に考えられ、唯だ一つも洩れて居ないことを確知するであろう、何となれば、要求の源泉なる理性の能力そのものが之れによって完全に思量せられたからである。

四十四

 理性観念が範疇と異って、経験に関する悟性の使用に対しては何の用をも為さず、それに関して全く無用であるのみか、悟性が自然を認識する格率に反し、その妨害となるという事は此一般的研究に於てはまだ奇異に思われるところであろう、然し理性観念は後ちに定めらるべき他の目的に必要なのである。霊魂が単純な実体であるかないかということは、其現象の説明には無関係なことである。何となれば、我々は如何なる可能的経験によっても、単純な実体の概念を、感性的に即ち具体的に理会し得べくもなく、従って此概念は、現象の概念に対して求められたる洞察に関しては全く無意味であって、内外の経験が与えるところのものを説明する原理となる事は出来ぬからである。同様に我々は、世界の開闢或は無始(前方の常住 a parte ante)に関する宇宙論的理念によって、世界に於ける如何なる事変をも説明することは出来ない。最後に我々は、最高実在の意志から導き出された世界構成の説明をば、自然哲学の正しき格率に則って、すべて之れを避けねばならぬ、何となれば、そういう説明はもはや自然哲学ではなく、却って、我々が自然哲学と絶縁したことを告白するものであるからである。即ち理念は、範疇並にそれを基礎とするところの原則が経験そのものを始めて可能ならしむるのとは全く異った用途を有ったものである。けれども、若し我々の要求が、経験に於て与えられ得るところの単なる自然認識以外のものに向けられて居ないならば、我々の苦心した悟性分析論は全く不用となるかもしれない、というわけは、理性が数学に於ても自然科学に於ても斯る煩瑣な演繹を全く要しないで、確実に且つ巧みに其仕事を成し遂げて居るからである。それ故、悟性に対する我々の批判は経験的悟性使用の範囲外なる要求のために理性の理念と結合するのである。もっとも、悟性が経験を超ゆれば全く不可能であって対象もなく意味もない事は我々の已に述べたところである。然しながら、理性の性質に属するものと、悟性のそれとの間には一致がなければならぬ、そして前者は後者を完全ならしめるために貢献すべきであって、それを擾乱するが如きことはあり得べくもないのである。

 此問題の解決は次の如くなる――純粋理性はその理念によって経験の範囲外にある特殊なる対象を要求して居るのではなくて、唯だ経験に関する悟性使用の完成を要求するのである。然し、此完成は原理の完成であって直観又は対象のそれである事は出来ない。それにも拘らず理性は、完全性を明確に表わすために、原理の完全性を、それの認識がかの規則に関して完全に定められて居るところの客観の認識と考えるのである。然も其客観は唯だの理念であって、悟性認識をしてかの理念の指示する完全性に出来る丈け近かしむる為めのものである。

daisansya.hatenablog.com

日曜劇場

現在日曜劇場で放送中の「ザ・ロイヤルファミリー」。何か聞き覚えがあると思えば、五年前の山本周五郎賞受賞作か。「日の名残り」から影響を受けたという話を聞いた覚えはあるが、読むには至らなかった。

名前だけ知っていながら読むことのない作品というものは、おそらく人生において数え切れぬほど生じるのだろう。やはり読書とは多分に偶然的なものである。